2009年01月06日

大河ドラマ『天地人』  直江兼続公ゆかりの地〜春日山城(1)


大河ドラマ『天地人』、直江兼続公。

NHK大河ドラマ『天地人』では兼続公の子役の
演技がよかったですね!
「こんなところ、来とうはなかった!」
名演技だったと思います。


上杉謙信公役の阿部寛さんもよかったですね〜!
一言「気に入った!」
本当に毎週毎週が楽しみです。



今日からは大河ドラマ『天地人』にゆかりの、
直江兼続公にゆかりの地を、
このサイト上で全国旅してまわりたいと思います。


直江兼続公にゆかりの、新潟や会津、米沢などは
私もひととおりすべて足を運んできました。


とりわけ会津は気に入り2度、足を運んでいます。


米沢は行きましたし、とても気に入ったのですが、米沢で是非
観ておきたい「上杉神社」が、時間が遅かったか資料館の休館日
だったかで観られなかったのが今でも悔やまれます。


大河ドラマ『天地人』の放映をきっかけにして、再度米沢へ
行きたいと、密かに大河ドラマ『天地人』かこつけツアーを
計画しておりますが、我が家のお局がなんといいますことやら(汗)。



それでは、今日からしばらく、大河ドラマ『天地人』ゆかりの地
を、このサイト
大河ドラマ 『天地人』 直江兼続 おまかせ情報館
のなかで、全国の旅に出かけましょう!



今日紹介しますのは、新潟県。上越は春日山城です。


春日山城(かすがやまじょう)は、新潟県上越市に存在した、
長尾氏・上杉氏・堀氏の居城となった山城です。


山城とは読んで字のごとく、山の頂に作られた城で、戦国時代に
多く見られる構造です。


これは、敵の襲来を防ぎやすくし、敵の責を山の上から押さえる
狙いがありました。


これに対して、江戸時代には多く見られるようになったのが、
平城です。


普通の平地に城を築く方法です。


江戸時代になると合戦が減り(実質無くなっていき)ましたため
可能になったものです。


言うなれば、平城は平和の象徴、とも考えられるのですが、
戦国時代でも平城は見られ、有名なのは豊臣秀吉が築いた大坂城
です。


大阪平野の真ん中にあったのですから。
その代わり、巨大な濠をめぐらせて、城を守ったのですね。



春日山城は戦国武将・上杉謙信公の城として知られています。
また、国指定史跡となっています。



春日山上の城郭構造は連郭式山城と言われ、
フリー百科事典ウィキペディアによりますと

天守構造は無し

築城主は不明

築城年も不明

主な改修者は長尾為景

主な城主は長尾氏、上杉氏、堀氏

廃城年は1607年

遺構として土塁、空堀、復元毘沙門堂

位置 北緯37度8分48.08秒
東経138度12分19.99秒

とされております。



では次回、この春日山城がもつ歴史や周辺の観光地などについて
みていきたいと思います。



大河ドラマ『天地人』、直江兼続公ゆかりの地をまわるサイト上
旅行、是非次回もごいっしょに、新潟県上越市を訪ねましょうね。



posted by 大河ドラマ 天地人 at 21:29| 大河ドラマ『天地人』 直江兼続公ゆかりの地 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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